株式会社 みらい造船 - FUJIKI.
Masayuki
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2026-03-23 88ところ丸 回航 6/6
元稲府港です。 初めて入港します。 雄武の操業船は流氷休業で
船団長はじめ乗組員の人たちが大勢集まられて、キラキラした
目で凄い船ですね言われて元気なった。 生きがいを感じます。

2026-03-23 88ところ丸 回航 5/6
稚内港6時出港しました。 稚内で泊ったのは、明るくなっ
て出港し、流氷の小さな"流れ氷"(大きいのもある)を
見ながら航行しなければ、当れば船が壊れるからです。
枝幸漁港で給油して、組合挨拶して、操業中の枝幸船団
に励まされて、雄武漁組様のご協力を得てやっと元稲府港
入港。 後は常呂までの流氷が開けるのを待つばかりです。

2026-03-21 88ところ丸 回航 4/6
AM7:00 せたな町
民宿海の家の部屋の窓から三本杉見える、写真のこの波は
航行不能です、2泊して明日22日の朝5時に出港させます。
積丹までは大変かな? この船の得意な追い波ですので、、、、
その日のPM9時には稚内港入港させ、市内で泊まる。

2026-03-20 88ところ丸 回航 3/6
PM12:30 尾花岬。
やったあー 岬廻れば瀬棚港、 時化てくる前に入れそうです。
間に合わなかった場合は・・・ それもう想定したくないよ・・
14時に入港避難し、民宿で休むことに。

2026-03-19 88ところ丸 回航 2/6
気仙沼港出て北上、大島の龍舞岬通して室根富士を望む。
山容好きですからね、ここで回航の安全を祈願しました。

2026-03-19 88ところ丸 回航 1/6
PM1:30 気仙沼港出航しました。
第一回目の給油港、瀬棚町まで明るいうちに入港できるかが
超心配なのでベテラン(私)も乗船してます。 そこまででも
15ノット限界の凪でして、、、 私、回航乗るのは大好きなんです。

2026-03-18 88ところ丸 進水式当日 2/2
常呂・佐呂間の共有船なので結構な人数でした。めでたい限り。
下してから、 試運転し明日の回航の準備をします。

2026-03-18 88ところ丸 進水式当日 1/2
縦引き台車でシップリフト定位置まで押して、海面近くまで
下し進水式に備えます。

2026-03-17 88ところ丸 進水準備完了
きれいな船です。幅広になった19トンのホタテ船は気仙沼では初。
大きさ感じます。こんな底引き船が20ノットで走る時代。 凄いね。

2026-03-14 バイクで盛岡市の北、渋民町に行ってきた3/3
右に(東)見えるは優麗な姫神様の容、完全な三角錐の美しい姫神山。
富士山みたいですが火山ではない。 今、登ってみたい山の一つです。
古代からの神々の由縁も多そうですね、 ここらはイーハトーブです。
姫神山は、岩手山、早池峰山と並ぶ「北奥羽三霊山」なんか神妙に
になってきた。 スポーツ界の頂点、大谷誕生の地だしね。 帰って直ぐ
宮沢賢治の理想郷とか世界観とか再読し浸ってみたくなってきた

2026-03-14 バイクで盛岡市の北、渋民町に行ってきた2/3
左に(西)見えるは雄大で迫る遠近感で名高い山、岩手山(南部富士)
盛岡市を4号線で北上通過する際は必ず目いっぱいに入り込む岩手山
にどの角度からも見入ってしまう。 滝沢過ぎてからは右手に姫神山が
見えてきます。贅沢な地ですね、ここらは山容ファンにはたまりませんね。

2026-03-14 バイクで盛岡市の北、渋民町に行ってきた1/3
... 地図クリックで高解像度
日曜に天気に誘われ”道の駅 もりおか渋民”に行ってきた。
ここは、左に(真西)は雄大な南部富士、岩手山。右に(真東)は
優麗な姫神様、姫神山。 が東西対象に2つの名山が望める場所
にある道の駅。 人生の終盤は山とか毎日見ていたいものだと
思った瞬間、ここに大昔、 初めて来た時を思い出したからだ。

2026-03-11 第88ところ丸出庫作業
バルバス形状と最大幅変更、更に大きく。それにしても
ウレタン塗料の白の艶が凄いな。テッカテッカこんなに
テカってたかなぁ、歪のないサーフイス故、テカって笑える。

2026-03-06 明神水産、会長様の四万十市でのお葬儀に参列 3/3
ここら辺だとね、山は原始林だし、きれいな清流と河原と空。
ずっと浸っていたい。 夏は泳いでもいいのかな、 私らの
年代では小学校くらいまでは、ぎりぎりで川で泳いでました。
私の幼少は和歌山県の那智勝浦町。自然ではここに負けてません。
友は野生児ばかりで、泳いでアユをヤスで捕ったりしてた、だから
細胞がわくわくしてくる。 無心で遊べた年代があったんだよね。

2026-03-06 明神水産、会長様の四万十市での葬儀に参列 2/3
午前10時半の葬儀前に四万十市から北に20分で四万十川の
名所、沈下橋に行ってきました。 いい川・静かな田舎ですね。
引退後はまたここに来よ、オイカワ・アマゴとか釣りしたりする。

2026-03-06 明神水産、会長様の四万十市での葬儀に参列 1/3
MZ代表で私一人、昨日のお通夜から参列し、今日はお葬儀。
故人の明神三郎会長様、弟様の正一社長はじめ、 ご兄弟様、
そのご子息の皆様、カツオ船漁業に関われている明神水産の
皆様には20年以上前からお付き合いさせて頂いていてます。
気仙沼での船のメインテナンス業務を旧会社(ケーヤード)から
みらい造船になった今でも仲間のように接して頂いています。
正一社長の葬儀での挨拶では、三郎兄さんとの仲の良さ、感謝が
ひしひしと感じられ、涙が溢れ出ました。 明神水産の礎を作った
一人と仰ってました。 漁の方でもお互い会社を背負い・ライバル
として水揚げトップを競い合ったことも、 なんと素晴らしい明神家。
お孫さんも乗船されたという話を聞き、心よりお悔み申し上げます。
信念を通しに通した三郎会長、本当にお世話になりました。 これから
の水産界・私ら漁船関連業者も含めてお見守りくださいね。 安らかに

2026-01-19 引っ越した
アジトの近くに引越ししました。会社も近くなり、快適になった。
一人で会社を中抜けしたりして10日程でやった。 多くの住変やら
しながら大変だったけどやり遂げた。 妻は「思い知ったでしょ、
今まで全部の移動・引っ越しの事は、 私全部一人でやってきた。」・・と
妻さんは閉鎖した支店の残務終える4月には気仙沼に戻ります。 私も
やっと4年間の主夫を卒業です。 買い物・家事覚え、大人になったけど。
写真の、木一枚板テーブルは新築3年で津波にやられ、残った物です。
(島根の義弟が新築祝いでくれた樅ノ木?の大木の切り出し)
建築屋の同級生の友人がきれいに復元して預かってくれてました。

2026-01-09 試運転
第三十八日昇丸は昨年10月末に1回目の上架で点検と保障工事
・塗装し12月3日下架。 1月9日に高知への回航前の試運転しました。
天気が良かったし、 海はほんと気持ちいいな、 いい年になるよ絶対。

2026-01-03 アジト(隠れ仕事場) 2/2
プライベート空間で仕事すると人間は落ち着いてできる
んだってことを知りました。 気づけばすぐに半日過ぎてる。
朝に会社に行きその日の状態みてアジトに行ったり、戻っ
たり、会社まで5分です。 勝手に年配役員の特権? 使ってる

2026-01-03 アジト(隠れ仕事場) 1/2
被災前の自宅跡にユニットハウス。 倉庫でしたけど、終活断捨離
して片づき、仕事部屋も作れた。 会社事務所で集中できない時は
自宅で仕事してましたけど自宅よりも断然捗ります。年末年始は
アジトを快適にしながら籠って仕事してました。 正月寒かったしね。

2026-01-01 商港岸壁から初日の出 (気仙沼)
旧年中も大変お世話になりましてありがとうござい
ました。本年もよろしくお願い申し上げます。
旧年2025年は
38日昇丸
漬けの年でした。そうさせて
くれた皆様には感謝に堪えません(北海道支店・役員
の仕事もほっぽり投げて)。 基本設計、詳細設計等の
の諸元決定し、打合せも私一人なので、 何かバリバリ
の全盛時なみの仕事した。 恐れ・不安は無いものとして、
不安を隠しきり引き渡しまで倒れずにやり切りました。
工務・検査・工程管理は後半には工場長・設計陣・現場
に救援願いましたけど。 達成感は小型船の比じゃない。
けど船が良ければの話でね、悪けりゃ自分は地獄行きでし
て。もう慣れっこなはずですがね・・ 頑丈な魂に感謝します。
そんな濃厚な1年も過ぎ、なんかそんなへたばってな
いな。まだまだ行けるんじゃない? って気がしている。
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